BINTA

BOOTSFIGHT IN THE AIR

弁当にもなるごはん

どうしようか迷いつつ、下北沢に行ってきた。東京に暮らして十年以上にして初。
劇団大人の麦茶の自主公演「ベッドにもなるソファー」。だが、前の公演「多摩多摩迷子」の何かを記録した何かが販売されるということで、それを買う目的で行った。通販があったら行かなかったな。

下北沢。行き方も今回理解したぐらいの未知の世界。念のためグーグルのストリートビューで駅から会場までの道のりをバーチャル予行演習までした。
金曜夜。開場は十九時。時間ギリギリに着くぐらいでいいと思い、のろのろと駅、十八時半。早い。こういう時、事前の準備がしっかりしているせいでいつも早い。会場への道も、迷うのが難しいぐらいすんなり分かった。
初めての場所、知らない場所、久々の生現場、などの状況にやや緊張。時間つぶしに知らない場所をのろのろ歩く。ひとつの目的だけのために訪れたので、立ち並ぶどの店にも興味なし。自宅と仕事場の通勤経路外に出ることすら数ヶ月ぶり。一年以上ぶりかも。そういうこともあって、じわじわと物凄い非日常であることを感じ始める。歩を進めるごと、妙に気分が悪くなってくる。軽い目眩。
三億円少女」の池袋の時もそうだったっけ。恐らく初めての場所に来ることで、自分の認識している世界、自分の頭で捉えている現実、実在空間のエリア枠が広がり、その認識の広がっていく速さに体がついていっていない、そんな感じなんだろう。みたいなことを考えながら、ふらつきながら歩いた。
時計を見ると、駅に着いてから 10 分も経っていなかった。会場周辺の通りをひと回りし、再び会場の方に戻ると、映像で見たことのある方が呼び込みをやっておられ、そこが会場であることが数メートル前からわかった。受付もなさっていたので、何も考えずチケットを買ってしまった。
まだ開場はしていないので、何も考えず、よくわからず、少しまた歩いた。なにをやっているんだろう。こういう時、いつもそう思う。自分で望んでやってきたのに、無性に帰りたくなる。駅前でしばらく立ち尽くす。緊張が微妙な混乱に変わった頃、開演時間が近くなっていたので会場へ。

外の入り口前に並木さん。歓迎されるもろくに受け答えもできない。地下への階段、踊り場にギター弾きの石澤さん。会釈。さらに下ると入り口前にグッズ売り場、中神さんが売り子をやっておられ、にこやかに声を掛けられ思わず立ち止まる。こちらが水を向ける前に早々、目的のモノであったそれを薦められる。戸惑っていると「てっぽうづかまさよは好きですか?」と訊かれ、ふと横の女性を見ると、いっしょに売り子として微笑んでいるのが鉄炮塚雅よさん、そのひとだった。「あ、はい。」と発するのが精一杯。お二人間近に直面し混乱甚だしい中、とりあえず目的のそれと、記念にグッズひとつを買わせて頂いた。混乱のあまり、何を思ったかお二人に握手をお願いしてしまった。快く笑顔のままご対応頂いたけれど、大変な失礼をしたと直後に思った。
お二人に背を向けた瞬間から猛烈な申し訳なさと後悔と混乱引き続き。地下会場、入ると既に九割方の席が埋まっていた。どこが空いているやら見回す勇気もなく、何も考えず後ろの上の方の席に。腰かけて見下ろすと観客の八割くらいが女性客。ハロ系なヲタヲタしいひとは僅少。むしろこの中では自分こそがその類の代表に近いのではないかと思うほど。
そんなことを考えていたら混乱は収まった。が、再び緊張感に変わった。客入れの整理なども劇団員の方々がやっておられる。席の後方には塩田さんの姿も。お客には先日「シュガースポット」で見た顔も。
後方席だったものの、それでも舞台はかなり近く感じる。などと考えているうちに時間がきて、始まった。緊張とけず。

公演中、役者さん方と目が合うような感覚になることが多々あった。この距離、このくそ野郎と目を合わせた上で尚、演技をしていらっしゃる。みなさんやっぱりちゃんと役者なのだ、と当たり前のことを思った。
一方でこっちはまったく観客らしい観客の気分ではなかった。目が合う、それがなんというか、こわい。目線をこちら方向にやっているだけの演者さんは特別なんとも考えないのだろうけど、演劇を観慣れない自分はどうにも落ち着かなかった。またその目線の主が、さっき握手をして頂いたお二人だったりすると殊に。後悔がたまにぶり返したりして、時々舞台に意識がいっていないこともあった。
でも極力ちゃんと、観るからには話だけでも理解できるよう努めた。そんなガクブル綱渡り気味の気分が、結局最後まで消えなかった。終演後、わかったような拍手をし、わかったようなツラですみやかに去った。

帰り道、無意識に、無意味に反芻。目の合うあのこわい感覚はどういうことだったのか。あれはつまり、こっちの目はただの一観客の目でしかないけれど、舞台から向けてくるあっちの目は会場百何人からの目線を受けた上で、それに動じることなく見開かれた強い目、なので、普段から自分と変わらぬ素人とすら目を合わせることの少ないこちらの貧弱極まりない目では、その演者の強力な目線に耐えられない。だからこわい、というようなことだろう。


それはそれとして、「ベッドにもなるソファー」。
作風としては、過去のオトムギ作品以上にコメディー色が濃厚だった気がする。下ネタも豊富で、そういうのが発せられるたび、意外にも女性客が爆笑していた。しかし自分の笑うポイントは他の観客とはだいぶ違った。ここで爆笑する? ここ笑わんの? と不思議に思うことが度々あった。面白かったけれど、見方が違ったのかもしれない。所々集中できていなかったし。

行ってよかった、かどうか、なんとも言えない。とりあえず行くだけ行って、目的は果たして、それ以上の成果もあった。が、この規模の現場はちょっとつらい、遠慮したい、と思う。会場販売限定のなにかがあったとしても、今後は諦めようと思う。こんな客は演る側がお断りだろう。

たのしい夜だった。