BOOTSFIGHT IN THE AIR

カレー味

着ぐるみの富士山

薬物の良し悪しについては置いておいて、自分が十代の始め頃からずっと敬意や憧憬や羨望の目でもってこの人はすごい人だすばらしいおっさんだと信じて眺めていた人が、実は法を犯しながら平然と健全なふりをして活動していたとわかって、自分が信じたのは一体その人のなんだったんだろう、自分がその人に少なからず影響を受けてできあがった今のこの人生観とかはなんなんだろう、ばかされたのだろうか、みたいな気分。
誰かが言っているように「くすりやってただけで、その人が良い人であることは変わらない」という弁も分かるし、「法を犯しているのだから間違っている」というのもごもっとも。ただ、なんかそういう話じゃなく。
この世界は、この社会は、黒だという噂が絶えないが彼らは白であるから一概に黒ばっかりの世界でもないんだろう、きっと誰もが白なんだって信じていいんだろう、と思いながらさまよってきたけれど、なんだ結局そこも黒だったのか、やっぱり白いところなんて無かったのか、みたいな。
軽い絶望のような。人間なんてやっぱり信じられないのか。
芸能界だから、なんて落とし所も落ち着きやしない。
醜態を見させられるくらいならいっそのこと hide や ZARD のように早逝してくれていた方がよかったかも。とか、その方がミュージシャンやアーティストとしては美しく残れたんじゃないか、とか。
もやもや。

だからってべつに、その人とも薬とも関係なく、自分の日々は続くし。
まあまあ、何年も前からファンではなくなってたからダメージ直撃食らった感じではなく、だからこそもやもやなのだが。
薬物やってたのが嫌なんじゃない。犯罪に類することをやっていたということが、痛い。

まともそうに見えない人こそ実はまとも、みたいな裏の裏を返すものの見方ももうあまり通じなくなるのかもしれない。人は見かけによらない、そんな言葉も説得力を失った。まともに見えない人はまともじゃない。人は見かけ通り、見た印象が実のところ全て。1を見て100を判断しちゃいけないのだろうけど、今はそんなふうに思ってしまう。
あの富士山の格好が象徴的だったのだろうか。なにか大きな山が消えたような、見せかけのハリボテだったと知ったような、またひとつ別の世界に変わってしまった感覚。鈍感。