BINTA

BOOTSFIGHT IN THE AIR

聖女の魔力は万能です

全 12 話。
現代日本の普通の妙齢 OL セイは、ある晩帰宅した玄関で突如光に包まれ異世界転移。「聖女」なる高位の魔力を持つ者を求めるファンタジー世界の王国に召喚されるが、そこには同じように召喚され転移してきた現代女子がもう一人。そっちは王子により速攻で「聖女」と判断され引き取られて行くが、取り残されたセイは諸々事情を聞かされ理解はするも元の世界に戻る術は分からず、やむなくこの世界で暮らすことに。
植物やポーションの研究に興味を持ったセイは、程なく自身に非凡な回復系魔力があることを知り、様々な出会いと発見の日々の中でその力を開花させていき、次第に周囲から「聖女」と認識されるようになる。といった話。

異世界転移、主人公最強チート能力、逆ハーレムロマンス。同時に無関係の二人が異世界転移してきて、劇中では主人公ではない方に注目を集めて一旦主人公の地位を下げておいて話の進行により徐々に強力な能力を明かしていくという「盾の勇者の成り上がり」タイプ。
盾の勇者の話が性根の腐った奴らに貶め蔑まれる点で胸糞なところがあったのに対し、本作は全編良心的で悪人皆無。概ね上品、エレガント。逆ハーレムで男キャラが山ほど出てくるのに汗臭さやむさ苦しさはほとんどなく、イカ臭さもゼロ。描かれていないだけでね。

じゃあそんなまさに優しい薬のような刺激も効力もない甘い作品だったかというとそうでもなく、不思議と毎回なんらか刺激はあったように感じた。その原因は具体的に何だったかと考えるに、要は話の持っていき方、運び方だったのかな。
セイは最初に「聖女」の選抜から外れて異世界の人たちに一般女性として扱われたことから、自分でも特別な能力があるとは考えなかった、という視点にまず置くことで視聴者もセイは大して特別ではないらしいという先入観を持つ。しかしセイが魔力を使って何かをするたびに、周囲からはセイの予想を超えるまたは覆すくらいの反応が返ってくる。ここに刺激があったと思う。特に原作知らずにセイの視点で観ていると、毎度セイ自身の驚きに同調してしまうところがあった(原作を読んでも同じ時点で同じように感じることだとは思う)。

それと、会話劇としては異世界ファンタジーものでよく観るタイプのノリなんだけども、その端々に少しだけ細かいこだわりのような、繊細な演出が施されているのも興味深かった。
例えば、セイが何かを躊躇ったり、逆に決意したり納得したり、という時に顔のアップになり、特に口元が艷やかに映されるカットの挿入。セイが魅力的に見える瞬間だとか、言葉に表さない本心の表現なのか、具体的には掴みかねたけど、この艶カットはとても気になった。
あと、コメディタッチ、デフォルメ化の入れ方もよかった。そういう変化が入る間もおもしろかったし、入れすぎない、デリケートなところを心得た感じの足し引き加減も巧いと思った。

そしてそういう繊細な演出に乗る石川由依の芝居もよかった。異世界に染まりきらない現代人なりの日常芝居と、声優の本領を見せるここぞのシーンでの強い演技力、どちらもおもしろくはまり役だと思った。
セイが自分や誰かの危機に無条件で聖女の力を発動させてしまう時の、思いの高まった声や吐息には、なにか目頭にピリピリくるものもあった。数話に一回しかない一瞬のことだけど、あれはすごいと思った。
話はやや生ぬるいのにずっと期待値を下げずに観続けていたのは、いつからかそういう瞬間を求めるようになっていて、そういう瞬間があったからだと思う。

異世界転移・転生系でめぼしい巨悪がいない日常系、しかもコメディに振り切っていない作品となると大概何もなしで終わるすっからかんばかりかと思っていたけど、こういうのもあるんだな。これは続編を観たい。